#13
穏やかにととのえるサウナ旅
豊澤 瞳 氏
サウナー、タレント、モデル、ヨガインストラクター、専門学校の講師など多方面で活躍。
サウナー、タレント、モデル、ヨガインストラクター、専門学校の講師など多方面で活躍。
「予定通りの時間に着きそうです。」
そう連絡を入れて、急いで車に乗り込む。朝から札幌でイベントに出る仕事があって、食べる時間もないままに移動したり打ち合わせをしたりしていたのだ。層雲峡に向かう車のドアを閉めて、やっとひと息つけた。
層雲峡に行くのはおよそ3年ぶり。前に来たときはシンポジウムに登壇するためだった。考えてみたらここ数年は随分と仕事に時間を割いていたようで、旅行で層雲峡に行ったのは11年前のことだった。思っていたよりも仕事のことばかり考えていたことに気づいたが、去年の秋に子供を産んでからは子供のことも考えていて、つまりはいつだって考えごとをしている。
ホテルについて部屋に向かう通路を歩いている間に、考えごとはすっかり消えていた。「和房雪花」の部屋の手前の通路に、橋だ。川もないのに橋。牛若丸と弁慶がここで出会ったのかと思うような橋。この橋を見ただけでもう満足した。わたしの日常には橋がない。通路に橋がかかっているのは非日常だ。旅では非日常を楽しみたい。
部屋に入る扉をカラカラと引くと、目の前に山。そうだ、ずいぶん高い所に来たんだった。山は所々が黄色くなり始めている。まだ緑の葉が多いからこそ色づいている葉が目立つ。
ビュッフェダイニングで何を食べるか目移りしながらふと、北海道の食材がよく目に入ることに気付く。産まれてからずっと北海道にいるので普段は意識しないけれど、北海道は本当に美味しい食べ物がたくさんあって、一度来ただけではきっと食べきれない。これは道外から来た方は特に嬉しいだろうなあ。北海道のいろんな食べ物を美味しく、しかもビュッフェだから食べたい分だけ、少しずついろんな味が楽しめるんだもの。
夫と交代しながら離乳食を食べさせ、飽きてきた子供を抱っこして歩いているとスタッフの方が笑顔で声をかけてくれた。それも1人ではなく何人も。子供に優しくしてもらえるのって、自分が優しくしてもらうよりも嬉しい。
7階の大浴場で温泉に入って窓の外を見る。下に灯りが見えるので、確かに景色があることは分かるんだけど、もう陽が落ちているのでさっき部屋から見えた山はただの黒いかたまりになってしまった。見えないけれど、イマジネーションで山を見る。
後ろからペタペタペタと鳴る足音が聞こえて、聞こえたと思ったらもう転んでいた。一緒に来ていた大人に「ほらぁ!」と声をかけられて何も言わずにスッと立ち上がる。女湯でよく見る光景だけども、今までよりもリアルに目に入ってきた。子供を持った途端に外でも子供がよく目に入る。
サウナのドアを開けて、このサウナに入ったことがあることを思い出した。いろんなサウナに入るので、自分がどこに行ったことがあるのかよく分からなくなってしまうんだけど、ドアを開ければ思い出せる。お久しぶりです。
木とアロマと、熱と蒸気と、いろんなものが混ざったサウナの匂い。前に入っていた人がたくさんロウリュしたようで、蒸気たっぷりの空間になっていた。嬉しい。ナイスコンディションをありがとうございます。
"Ginga Falls"
普通の水風呂かと思ったら、銀河の滝があった。かっこいい。打たせ湯は好きだけど打たせ水はどうだろうと思いながら浴びたけれども、とても良い。サウナは頭に熱が残るから頭をしゃっきりと冷やしたいもんね。
外に出て、露天風呂の横にある椅子に座って、目を閉じてみる。できるだけ長く息を吸って、できるだけ長く息を吐く。ひんやりとした夜の層雲峡の空気を体に取り込む。サウナの良さが指先まで行き渡った。
朝は部屋にある温泉に浸かりながら、また山を見る。山を見ながら「エッセイには、ここでしか見られない景色があるって書こう」って思ったけども、言葉が正確ではないなと思い直す。自分の家の窓から見える景色だって、職場までの道路沿いの景色だって、なんだってその場所でしか見られない景色ではある。 でもやっぱり、層雲峡の景色は層雲峡に来なければ見られない。次はいつ、どの季節に来ようかな。